A

Ashida Architect & Associates

facebook
twitter
May.17, 2016

屋根の自由な振る舞い(折板屋根の家解説テキストーKJ 6月号)

屋根の在り方が窮屈に感じる。東京の街並みを見ると斜線規制によって乱雑に削りとられた勾配屋根とフラットルーフが所狭しとひしめきあっている。言わずもがな、屋根はその場所の風景を形作ってきた。それは、その地域の気候条件や近くで採れる材料、共同体の協力システムなどの構法によって場所場所で異なる相貌を呈していた。現代の建築の生産システムと法規制の中では、もはや屋根には街並みを作り出す力は備わっていないのかもしれない。そのような状況の中で、屋根に何が可能か。いまだ屋根には自由な地平が広がっていると信じている。

「折板屋根の家」は都内の住居系地域に計画された。限られた敷地の中で、最大限に面積を確保するため建ぺい率はギリギリまで使わざるを得ない。すると通常は敷地と道路の関係から、斜線の矢が突き刺さってくる。前面道路の幅員が広く角地であるこの敷地では、斜線制限こそ厳しくないが、建物の高さがあるため、日影規制がかかる。クライアントから求められたヴォリュームを単純に積層していくと、5階が日影の許容範囲をオーバーしてしまう。5階の高さを抑えて天井を下げると、今度は居室の天井高さの最低限度を満たせない。この2つのパラメーターの中で、屋根の形状を模索した。単純に日影の許容範囲を満たすヴォリュームを作るだけでは、やはり屋根は窮屈になってしまい、最上階の豊かな眺望を堪能できる空間としてはふさわしくない。そこで、屋根スラブを折板構造とし、床からキャンチレバー状に跳ね出す形状で、風景へ向かって伸びやかに延長する屋根を考えた。屋根の形状は、前述の2つのパラメーターを両方とも満たすことが出来るよう、シミュレーションを繰り返して決定している。折板屋根の防水は、複雑な面が交差することで雨水処理上の弱点が生まれないようにコンクリート防水を採用した。

この折板状のコンクリートの屋根の仕上がりは、難しい施工を高い技術力で実現してくれた栄港建設によるところが大きい。折板は上下面で型枠の形状が異なり、かつスラブの厚みも異なる。見た目以上に技術が必要なのであるが、現場監督と型枠大工が精度の高い型枠を組み上げてくれた。さらには打設が難しい。当然のことながらコンクリートはやり直しがきかない。ましてや、コンクリート防水を施すため、打設にミスがあるということは屋根に求められる性能上許されない。通常スラブは上面を開放して打設し、左官でコンクリートを均すが、それでは折板の折れ線が綺麗に出ないという現場監督の判断で、上面も全て型枠で覆う打設方法を採用した。コンクリートの充填を目視できない状況で、ひたすら型枠を叩きながら充填を確認することになった。そのおかげで先端までしっかりとコンクリートが詰まった密実なコンクリートの屋根ができあがった。

こうしてつくられた折板屋根がこの建物を特徴づけているが、各階の床レベルに設けた小屋根とも言うべき小庇が外観を構成する上でのもう一つの大きな要素となっている。外壁のコンクリート打放し面の耐久性を高め、汚垂れを防止し、建物が長く今の姿を維持できるように設けたものである。小庇と言うには厚みがあるが、これはこの建物が建つ周辺の敷地環境のスケール感と親和させることを意図したものである。周囲にはオフィスや小学校やホテルなど大きな建物が建っている。その中では比較的小さなこの建物を、住宅的スケールから逸脱してそれらの建物に呼応するために、存在感を持つ厚みのある小庇とした。小庇はスチールに溶融亜鉛メッキリン酸処理をほどこしたものでつくり、メンテナンスが限りなく不要になるようにした。外壁は、コンクリート打放し面にフッ素樹脂光触媒カラークリアーを自然なムラのある表情にするために特殊な方法で塗布している。

また、各階のヴォリュームと小庇は各階で壁の角度が異なっている。これは、一つは日影を最小化するための手段でもあるが、それよりはむしろ、この建物と都市との関係で決めたものである。道路とアイレベルでの関係性が深い低層部(1,2階)は前面道路と平行な外壁ラインとして街路空間の壁面線を整え、3階以上の階は上階にいくに従って住居に最大限美しい風景を取り込めるよう、最も風景の開放性が獲得できる方向へと角度を振っている。4階のリビング・ダイニングはその風景に対して大きな開口を取り、開口部のサッシュは全面開放が可能なつくりとしつつ、大開口の熱負荷に対する弱点を外付けブラインドで補っている。4階の内壁は、その開放感を引き立てるものとして、明度を落としつつ光と陰影を拾うことのできるように、鈍い光沢のある塗装をほどこした。5階はその風景へと意識と視線を誘導するように先端を跳ね出している。

開口部のあり方は、階の用途とも密接に関係づけられている。この建物は1,2階がテナント、3階以上が住居となっているが、用途の違いをそのまま階の構成としたシンプルな平面計画としている。プライバシーが必要とされる3階は開口部も小さく、数も少なくなっている。各階はそれぞれ空間の性質を、仕上げを変えることによって異なるものとしている。3階の寝室・子供部屋は調湿効果のある左官材で塗り込め、4階のリビング・ダイニングはふんだんに木を用い、5階の余暇を楽しむ空間は屋根の形状を活かす白の左官と、生活を支える空間が単調にならないように変化に富んだ様相を呈している。素材感に富んだ積層する空間をつなぐ階段は、極めて抽象度の高い真っ白な空間としている。これらの作法は、都市との関係性から生まれた屋根に支えられる生活の質を、より多様で豊かにすることを意図したものである。一見屋根と内部の空間は積層することによって断絶しているように見えるが、この屋根があることによってその下の積み重ねられた生活空間が彩り豊かになっているのではないかと感じている。

この建物では数々の制約を受ける都市部の「屋根」という課題に対して、その制約に律せられる他律的な屋根の在り方からいかに逃れて自由を獲得できるかを試みた。屋根の役割は、まずもって雨や風や雪などの自然環境から人を守ることである。先人達は、その場所に適した素材と構法によって屋根を作り続けてきた。現代の屋根は、その行為から断絶している。であるなれば、現代の技術と構法をもって新しい屋根の地平を切り拓けないか。それはすなわち、現代における人と自然との関わりを考えることである。建築的思考にとって、屋根は人と自然環境の界面に他ならないのである。


BLOG